大阪地方裁判所 平成5年(ワ)12544号 判決 1997年12月17日
原告
上田二兀
外二名
右原告ら訴訟代理人弁護士
山﨑敏彦
被告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
西浦一成
同
西浦一明
被告
朝日生命保険相互会社
右代表者代表取締役
藤田譲
右訴訟代理人弁護士
川田祐幸
主文
一 被告甲野太郎は、
1 原告上田二兀に対し、金二億九一三一万五五一一円及びこのうち
(一) 金九二五万七二四八円に対する昭和五九年七月二六日から
(二) 金一億二六六九万二二六三円に対する昭和六三年三月二五日から
(三) 金一億五五三六万六〇〇〇円に対する平成三年六月二六日から
各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告上田広子に対し、金六九万六四〇〇円及びこれに対する平成三年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 原告上田康正に対し、金五三六二万八〇〇〇円及びこのうち
(一) 金一〇三四万円に対する昭和六〇年二月一四日から
(二) 金三五六四万円に対する平成三年二月二八日から
(三) 金七六四万八〇〇〇円に対する平成四年四月二七日から
各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告朝日生命保険相互会社は、
1 原告上田二兀に対し、金一億〇五一六万一五三二円及びこのうち
(一) 金九二五万七二四八円に対する昭和五九年七月二六日から
(二) 金八八六八万四五八四円に対する昭和六三年三月二五日から
(三) 金七二一万九七〇〇円に対する平成三年六月二六日から
それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告上田広子に対し、金六九万六四〇〇円及びこれに対する平成三年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 原告上田康正に対し、金一五六四万三六〇〇円及びこのうち
(一) 金一〇三四万円に対する昭和六〇年二月一四日から
(二) 金五三〇万三六〇〇円に対する平成四年四月二七日から
それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告上田二兀及び原告上田康正の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告上田二兀に生じた費用、原告上田康正に生じた費用及び原告上田広子に生じた費用の各二分の一並びに被告甲野太郎に生じた費用を被告甲野太郎の負担とし、原告上田二兀に生じた費用の六分の一、原告上田康正に生じた費用の七分の一、原告上田広子に生じた費用の二分の一及び被告朝日生命保険相互会社に生じた費用の一〇分の三を被告朝日生命保険相互会社の負担とし、原告上田二兀に生じたその余の費用及び被告朝日生命保険相互会社の生じた費用の一〇分の六を原告上田二兀の、原告上田康正に生じたその余の費用と被告朝日生命保険相互会社に生じた費用の一〇分の一を原告上田康正の負担とする。
五 この判決の第一、二項は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告上田二兀(以下「原告二兀」という。)に対して、連帯して、三億一二〇八万五五一一円及びこのうち
(一) 金九二五万七二四八円に対する昭和五九年七月二六日から
(二) 金一億二九〇九万二二六三円に対する昭和六三年三月二五日から
(三) 金一億七三七三万六〇〇〇円に対する平成三年六月二六日から
それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告上田広子(以下「原告広子」という。)に対し、連帯して、六九万六四〇〇円及びこれに対する平成三年六月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告上田康正(以下「原告康正」という。)に対し、連帯して、五七三三万八〇〇〇円及びこのうち
(一) 金一〇三四万円に対する昭和六〇年二月一四日から
(二) 金三五六四万円に対する平成三年二月二八日から
(三) 金一一三五万八〇〇〇円に対する平成四年四月二七日から
それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告甲野太郎(以下「被告甲野」という。)の答弁
(一) 原告らの被告甲野に対する請求をいずれも棄却する。
(二) 原告らと被告甲野との間に生じた訴訟費用は原告らの負担とする。
2 被告朝日生命保険相互会社(以下「被告会社」という。)の答弁
(一) 原告らの被告会社に対する請求をいずれも棄却する。
(二) 原告らと被告会社との間に生じた訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告ら
(1) 原告二兀は、パチンコ店を経営する自営業者である。
(2) 原告広子は、主婦であり、原告二兀の妻である。
(3) 原告康正は、旅行代理店等を経営する自営業者であったものであり、原告二兀の実弟である。
(二) 被告ら
(1) 被告会社は、生命保険の運営等を目的とする相互会社である。
(2) 被告甲野は、被告会社の従業員であって、その淀屋橋営業所に指導所長として勤務していたものである。
2 被告甲野の不法行為
(一) 原告二兀関係
(1) 架空の保険の保険料名目の金員の騙取
原告二兀は、被告甲野の勧めで、昭和五九年七月ころから、原告二兀の経営する会社の従業員らの名義で、原告二兀の出捐により、被告会社に対し、財形貯蓄の預け入れを行っていた。
被告甲野は、保険料名目で金員をだまし取ることを企て、昭和六二年ころ、原告二兀に対し、被告会社の養老保険への加入手続及び保険料の入金手続を取る意思がなかったにもかかわらず、それがあるように装い、養老保険の方が利息に対する税金の関係で有利であるから、財形貯蓄を解約し、被告会社の養老保険に加入するよう勧誘した。
右勧誘によって、その旨誤信した原告二兀は、被告甲野に対し、右財形貯蓄を解約して被告会社の養老保険にまとめる手続を依頼し、さらに、その後も、被告甲野の勧誘に応じて余裕資金があると被告会社の養老保険への加入手続を依頼するようになり、昭和五九年七月二四日から昭和六三年三月二五日までの間に、その保険料名目で、別紙二兀累積保険表(以下「保険表」という。)記載のとおり、合計一億四七三〇万四二七九円を交付した。被告甲野は、この際、原告二兀に対し、保険資金に税金がかからないように領収書の類は発行しない方がよいなどと説明し、証書や領収書を交付しなかった。
(2) 一括払保険料名目の金員の騙取
被告甲野は、一括払保険料名目で金員をだまし取ることを企て、昭和五九年七月ころ、原告二兀に対し、被告会社の保険への加入手続及び保険料の入金手続を行う意思がなかったにもかかわらず、それがあるように装い、被告会社の保険への加入を勧誘した。
右勧誘によって、その旨誤信した原告二兀は、同月二六日ころ、被告甲野に対し、被保険者を上田吉純(原告二兀の長男)、保険契約者を原告二兀とする被告会社との生命保険契約の第二回目以降の保険料充当金名目で四六二万八六二四円を、被保険者を上田賢蔵(原告二兀の二男)、保険契約者を原告二兀とする被告会社との生命保険契約の第二回目以降の保険料充当金名目で四六二万八六二四円をそれぞれ交付した。
(3) 虚偽の説明による保険勧誘
被告甲野は、原告二兀に対し、いつでも引き出せる貯金のような保険だと虚偽の事実を申し向け、被告会社の保険への加入を勧誘した。
右勧誘によって、その旨誤信した原告二兀は、被告会社との間で、原告広子名義の保険契約を締結し、その保険料名目で、被告会社に対し、平成元年一〇月から平成三年六月二六日にかけて、二一回にわたり、毎月一五万一〇〇〇円ずつ、合計三一七万一〇〇〇円を交付した。
(4) 保険解約率上昇防止の協力金名目の金員の騙取
被告甲野は、保険解約率上昇防止の協力金(以下単に「協力金」という。)名目で金員をだまし取ることを企て、昭和六一年九月初めころ、原告二兀に対し、被告会社の養老保険について満期前に解約を申し出た解約者が何人かいるので、同人らに支払う保険の規定による中途解約金を少し上回る金員(協力金)を原告二兀が立て替えれば、右金員を契約者に支払って保険は満期まで解約手続を行わないことにし、これにより、被告会社としては、保険の解約率の上昇を防止することができ、さらに、原告二兀に対しては満期時に満期返戻金を交付するなどと虚偽の事実を申し向け、協力金の出資を勧誘した。
右勧誘によって、その旨誤信した原告二兀は、被告甲野に対し、別紙出入金表〔原告二兀からの出金〕(以下「出金表」という。)の番号1ないし5記載のとおり、協力金名目で、合計一九二一万四〇〇〇円を交付した。
さらに、被告甲野は、同じく協力金名目で金員をだまし取ることを企て、昭和六三年九月初めころ、原告二兀に対し、これからは、被告会社が次のイないしニのような解約防止策をシステムとして行うようになったなどと、虚偽の事実を申し向け、協力金の出資を勧誘した。
イ 保険の満期前に解約を申し出た契約者がいた場合、被告会社の措置として右契約者に保険契約の解約を留保させ、そのかわり右契約者に対し、営業所がその時点での解約返戻金額を若干上回る金員を支払い、保険契約の関係書類を右契約者から受領する。
ロ 右解約返戻金額を若干上回る金員については、第三者から協力金の出資を募り、それをあてる。
ハ 実際に右保険契約の満期が到来したら、満期返戻金支払手続を行い、協力金を出資した第三者に支払い、その中から一定の手数料を被告会社が徴収する。
ニ これにより、被告会社としては、保険の途中解約率を下げて営業成績を上げることができ、協力金の出資者は、途中解約返戻金と満期返戻金の差額の一部を利息として受け取ることができる。
右勧誘によって、その旨誤信した原告二兀は、被告甲野に対し、出金表の番号六ないし一三三記載のとおり、前記協力金名目で、合計三一億八九九七万円を交付した。
(二) 原告広子関係―無断引落し
被告甲野は、かつて原告広子の保険手続等で利用した書類を偽造又は変造し、原告広子の南都銀行橋本支店の普通預金口座から、次のとおり、無断で金員を引き落とした。
(1) 平成三年五月二七日
三四万八二〇〇円
(2) 平成三年六月二六日
三四万八二〇〇円
合計六九万六四〇〇円
(三) 原告康正関係
(1) 一括払保険料名目の金員の騙取
被告甲野は、一括払保険料名目で金員をだまし取ることを企て、原告康正に対し、被告会社の保険への加入手続及び保険料の入金手続を取る意思がなかったにもかかわらず、それがあるように装い、被告会社の保険への加入を勧誘した。
右勧誘によって、その旨誤信した原告康正は、被告甲野に対し、昭和五九年八月二六日ころ、被保険者上田機余典、保険契約者を原告康正とする被告会社との生命保険(記号番号二〇三―二五七五九一)の第二回目以降の保険料充当金名目で五五〇万円を、昭和六〇年二月一四日ころ、被保険者を上田静代(妻)、保険契約者を原告康正とする被告会社との保険契約(記号番号二四五―七一一五)の第二回目以降の保険料充当金名目で四八四万円をそれぞれ交付した。
(2) 虚偽の説明による保険勧誘
被告甲野は、原告康正に対し、いつでも引き出せる貯金のような保険だと虚偽の事実を申し向け、被告会社の保険への加入を勧誘した。
右勧誘によって、その旨誤信した原告康正は、被告会社との間で、保険契約を締結し、その保険料名目で、被告会社に対し、昭和六二年一二月二六日から平成四年四月二七日にかけて、五三回にわたり、毎月一一万六〇〇〇円ずつ、合計六一四万八〇〇〇円を交付した。
(3) 協力金名目の金員の詐取
被告甲野は、協力金名目で金員をだまし取ることを企て、昭和六一年九月初めころ、原告康正に対し、原告二兀に申し向けたのと同様、(一)(4)記載のとおり、虚偽の事実を申し向け、右協力金の出資を勧誘した。
右勧誘によって、その旨誤信した原告康正は、被告甲野に対し、協力金名目で、平成三年二月二八日、二九六〇万円を、同三年五月二八日、一六〇四万円をそれぞれ交付した。
3 被告会社の責任原因
(一) 被告会社と被告甲野の指揮監督関係
被告甲野は、被告会社の従業員であって、その淀屋橋営業所の指導所長として、被告会社の営業活動に従事していた。
(二) 職務執行性
被告甲野は、前記のとおり、被告会社の保険の勧誘や一括払保険料に関する手続、保険解約率上昇防止など、被告会社の業務であるかのように装って、被告から、金員をだまし取るなどしており、また、原告からの送金に被告会社淀屋橋営業所長である神谷俊博(以下「神谷」という。)、被告会社従業員である広田賀津子(以下「広田」という。)その他数名の従業員名義の銀行口座を利用し、原告二兀に対し、送金などを行っていた。他方、被告甲野は、原告二兀を信用させるため、社内担当者の転送金の手間を省くためなどと称して、複数の名義による送金を原告二兀にさせている。
4 損害
(一) 原告二兀関係
合計三億一二〇八万五五一一円
(1) 架空の保険の保険料名目の金員の騙取(保険表記載のとおり)
一億二九〇九万二二六三円
右の保険料名目で被告甲野に交付した金員合計一億四七三〇万四二七九円から、平成二年三月二三日に利息名目で受領した一八二一万二〇一六円を控除した額(なお、原告二兀は、平成三年三月末日ころにも、利息名目で二四〇万円を受領した。)。
(2) 一括払保険料名目の金員の騙取
昭和五九年七月二六日ころに四六二万八六二四円、同日ころに四六二万八六二四円、合計九二五万七二四八円
(3) 虚偽説明による保険の勧誘
平成元年一〇月から平成三年六月二六日まで、二一回、毎月一五万一〇〇〇円ずつ、合計三一七万一〇〇〇円
(4) 協力金名目の金員の騙取
一億四二一九万五〇〇〇円(出入表記載のとおり交付した三二億〇九一八万四〇〇〇円と、別紙出入金表〔原告二兀への入金〕記載のとおり返還を受けた三〇億六六九八万九〇〇〇円の差額)
(5) 弁護士費用
二八三八万円
(二) 原告広子七五万六四〇〇円
無断で預金口座から引き落とされた六九万六四〇〇円及び弁護士費用六万円
(三) 原告康正
合計五七三三万八〇〇〇円
(1) 一括払保険料名目の金員の騙取
昭和五九年八月二七日ころ五五〇万円、昭和六〇年二月一四日ころ四八四万円、合計一〇三四万円
(2) 虚偽説明による保険の勧誘
昭和六二年一二月二六日から平成四年四月二七日まで五三回、毎月一一万六〇〇〇円ずつ、合計 六一四万八〇〇〇万円
(3) 協力金
平成三年二月二八日に二九六〇万円、平成三年五月二八日に一六〇四万円、合計四五六四万円から平成三年七月一九日に被告甲野から弁償を受けた一〇〇〇万円を控除した三五六四万円
差引き 三五六四万円
(4) 弁護士費用
五二一万円
5 よって、原告らは、被告らに対し、被告会社について使用者責任の不法行為に基づき、被告甲野について不法行為に基づき、連帯して、
(一) 原告二兀に対して三億一二〇八万五五一一円及びこのうち九二五万七二四八円に対する昭和五九年七月二六日から、うち一億二九〇九万二二六三円に対する昭和六三年三月二五日から、うち一億七三七三万六〇〇〇円に対する平成三年六月二六日から、それぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金
(二) 原告広子に対して七五万六四〇〇円のうち六九万六四〇〇円及びこれに対する平成三年六月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金
(三) 原告康正に対して五七三三万六四〇〇円及びこのうち一〇三四万円に対する昭和六〇年二月一四日から、うち三五六四万円に対する平成三年二月二八日から、一一三五万八〇〇〇円に対する平成四年四月二七日からそれぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金
をそれぞれ支払うことを求める。
二 請求原因に対する答弁及び被告らの主張
(被告甲野)
1 請求原因1は、認める。
2 同2ないし4は、否認する。ただし、同2(一)(1)につき、原告二兀が、昭和六二年ころから、被告甲野に対し、別紙二兀累積保険表記載のとおり、金員を交付したことは認める。同2(二)は、否認する。他人名義の銀行預金口座から無断で金員を引き落とすなど不可能である。
3 同5は、争う。
4 弁済
(一) 被告甲野は、平成二年七月ころ、原告二兀に対し、請求原因2(二)の各不法行為に基づく損害賠償請求権の弁済として、被告の自宅(土地建物)の権利証、株券、ゴルフ会員権(シプレカントリークラブ)、マンションの権利証などを引き渡した。
(二) 請求原因2(一)(1)架空の保険の保険料名目の金員の騙取につき、被告甲野は、原告二兀に対し、全額返還している。
(被告会社)
1 請求原因1は、(一)は知らない。(二)は認める。
2 同2は、いずれも知らない。
(一) 原告二兀関係
(1) (二)につき、昭和五九年七月三〇日付けで、被保険者を上田賢蔵、契約者を原告二兀、保険金を一〇〇〇万円、保険料を年払い五〇万〇五〇〇円とする普通養老保険契約が締結され、保険料が昭和六〇年七月一七日までに合計一〇〇万一〇〇〇円支払われ、昭和五九年七月三〇日付けで、被保険者を上田吉純、契約者を原告二兀、保険金一〇〇〇万円、保険料を年払い五〇万一六〇〇円とする普通養老保険契約が締結され、昭和六〇年七月一七日までに保険料が合計一〇〇万三二〇〇円支払われている。
(2) (3)につき、平成元年九月一日付けで、被保険者及び契約者を原告広子、保険金を一億円、保険料を月額一五万一〇〇〇円とする定期付普通終身保険契約が締結され、平成三年六月分まで、保険料が合計三三二万二〇〇〇円支払われている。
(二) 原告広子関係
(二)につき、平成三年四月一日付けで、被保険者及び契約者を原告広子、年金額を一〇〇〇万円、保険料を月額三四万八二〇〇円とする個人年金保険契約が締結され、平成三年六月分まで保険料が合計一〇四万四六〇〇円支払われている。ただし、他の保険手続(契約)に使用したものは、会社がこれを収納しており、契約者に無断で再度利用することは不可能である。
(三) 原告康正関係
(1) (1)につき、昭和五九年八月三一日付けで、被保険者を上田機余典、契約者を原告康正、保険金を一〇〇〇万円、保険料を年払い五〇万五〇〇〇円とする普通養老保険契約が締結され、昭和六〇年八月まで合計一〇〇万一〇〇〇円支払われ、昭和六〇年二月一四日付で、被保険者を上田静代、契約者を上田静代、年金額を一五〇万円、保険料を年払い七九万二三三〇円とする個人年金保険契約が締結され、昭和六一年二月分まで保険料が合計一五八万四六六〇円支払われている。
(2) (2)につき、昭和六二年一二月一日付で、被保険者を原告広子、契約者を原告康正、保険金を五〇〇〇万円、保険料を月額一一万六〇〇〇円とする有期払込終身保険契約が締結され、平成四年五月分まで保険料が合計六二六万四〇〇〇円支払われている。
3 同3は、(一)は認める。(二)は否認する。
(一) 甲野の行為が事業の執行につきされたものではないこと
(1) 被告甲野の行為は、いずれも、被告会社の人的、物的施設を利用しなければできないようなものではなく、事実被告甲野も利用していない。
(2) 架空の保険の保険料名目の金員の騙取
保険契約であれば、第一回保険料領収書、その他の領収書、あるいは、「保険料口座振替のお知らせ」等、また何より保険証券が被告会社から送付され、その他にも、「保険契約のしおり」という契約内容を説明した小冊子が直接被告会社から送付され、加えて、契約内容の明細の記載された書類が契約者の手元に届くはずである。にもかかわらず、そのような書類が原告らに交付されておらず、原告らにしても、長期間にわたって、被告会社に一度の問い合わせもしていない。
また、原告らと被告甲野との間では巨額の金員が、多数回にわたって授受されているが、このような制度は、保険会社ではあり得ないものであり、右金員の授受に用いられた口座は、被告会社と関係のない個人口座である。
(3) 虚偽説明による保険勧誘
趣旨の違う保険に加入させられたというならば、多数回長期間にわたって保険料を支払ったりすることなく、被告甲野ないし被告会社に対し、法律的な主張でなくても、何らかの申入れをすればよい。また、保険内容は、前記送付書類によりわかるはずであるのに、放置していた。
(4) 協力金名目の金員の騙取
被告会社には、原告らの主張するような解約防止策についての制度がないことはもちろん、現実にこのようなことが行われたこともない。
確かに、被告会社は、大蔵省から、保険の中途解約を防止するように指導され、社内でもその旨指導はしているが、どうしても解約を希望する契約者については、解約を認めるというのが被告会社の考えであり、そのとおり、実施されており、中途解約返戻金を立て替えて解約を防止することなどは考えられない。
また、原告らと被告甲野との間では巨額の金員が、多数回にわたって授受されているが、それに用いられた口座は、被告会社と関係のない個人口座である。
(5) 本件は、単に被告甲野は、原告二兀ないし康正に対し、種々申し向けて金員を受領したもので、そこには被告会社の業務の外形すら存在せず、ただ「保険加入」なる表現がされただけで到底業務の執行につきされたものとはいえない。
(二) 原告らの悪意ないし重大な過失
また、原告二兀は既にいくつもの保険に加入している事業者であり、保険についても精通していたこと、原告二兀及び原告康正は、いずれも、被告甲野と個人的に親しかったことなどを考えあわせると、仮に被告甲野の本件各行為が、外形上、被告会社の職務執行の範囲内に含まれるとしても、原告らは、右被告甲野の各行為が、実際は被告の職務執行の範囲内に含まれないことを知っていたか、知らなかったことについて重大な過失がある。
(三) 過失相殺
そうでないにしても、原告らの過失をもって、過失相殺を主張する。
4 同4は、否認する。
5 同5は、争う。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録を引用する。
理由
第一 請求原因及び職務執行性に関する被告会社の主張について
一 請求原因1(当事者)について
被告会社は、生命保険の運営等を目的とする相互会社であること及び被告甲野は、本件当時、被告会社の従業員であって、淀屋橋営業所に指導所長として勤務していたことは当事者間に争いがなく、甲一三、一六、一七、二九号証によれば、原告二兀は、父親とともに和歌山県橋本市に居住し、パチンコ店を経営していること、原告二兀の妻である原告広子は、専業主婦であること、原告康正は、原告二兀の弟であり、旅行業を営んだり、兄と父親が経営するパチンコ店で働いていたことがあり、現在は和歌山県橋本市に居住していることなどが認められる。
二 請求原因2(被告甲野の不法行為)について
1 本件に至る経緯
甲一三、一六、一七、二〇、二一、二九、三六、三七、四〇号証、原告二兀本人尋問の結果、被告甲野本人尋問の結果、証人神谷の証言によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告二兀は、昭和四八年ころから、和歌山県橋本市内でパチンコ店の経営などをしていた。原告二兀は、和歌山県立橋本高校の同窓生で、弟の原告康正の同級生であった被告甲野が、同校の同窓生で結成する野球チームに参加するようになったことから、同人と親しく付き合うようになった。
昭和五七年ころからは、被告甲野の勧めで、数件被告会社の保険に加入したことがあった。
(二) 原告康正と被告甲野とは、高校卒業後は、さほど親しい付き合いはしていなかったが、本件のころから、被告甲野が兄の原告二兀と親しくなるのに伴なって親しく交際するようになり、原告康正は、被告甲野の勧めで被告会社の保険に加入したこともあった。そして、平成三年一月初めころから同年一一月末ころまで、原告康正は、被告甲野の経営していた学習塾に間借りして、旅行業を行っていた。
(三) 被告甲野は、大学卒業後、いくつかの職業を経験した後、昭和五三年八月一日付けで被告会社に入社して営業担当の社員(外務員)として勤務するようになり、昭和五九年四月一日、指導所長(三名以上五名未満の外務員を指導する者)となり、淀屋橋営業所で勤務していた。被告甲野は、昭和五六年九月ころから、原告二兀と親しく付き合うようになり、昭和五八年夏ころには、原告二兀と衣料販売の事業を始めたこともあり、被告甲野は、原告二兀及び原告康正にも被告会社の保険への加入を勧めるようになった。
2 原告二兀関係
(一) 架空の保険の保険料名目の金員の騙取
原告二兀が、被告甲野に対し、保険表のとおり、金員を交付したことにつき、同原告と被告甲野の間には争いがない。
さらに、甲一(枝番を含む。)、一一(枝番を含む。)、一七、二一、二六(枝番を含む。)、二七、二九、三七、原告二兀本人尋問の結果、被告甲野本人尋問の結果及び証人神谷の証言によれば、原告二兀は、昭和五九年ころから、自己の経営する会社の従業員の名義を使い、被告甲野を通じて被告会社の財形貯蓄を行っていたところ、被告甲野は、昭和六二年ころ、架空の保険の保険料名目に金員を騙取しようと企て、原告二兀に対し、財形貯蓄よりも、養老保険の方が税金の面で有利であるなどと説明して、従前契約していた財形貯蓄を解約して被告会社の養老保険に変更するように勧め、その際、実際には、一年満期の養老保険は被告会社では取り扱っていなかったにもかかわらず、銀行預金よりも利率がよく、一年後には一割から一割二分程度の高額配当を受ける特別な一年満期の養老保険があるなどと虚偽の説明をしたこと、右のような一年満期の養老保険が存在するとの説明を信用した原告二兀は、昭和五九年初めころから昭和六三年ころまでの間、被告甲野に対し、右のような一年満期の養老保険への加入手続を依頼した上、その保険料として、保険表のとおり(財形貯蓄からの振替を含む。)金員を交付したこと、被告甲野は、原告二兀から保険料として受け取った金員につき、被告会社への入金手続を行わなかったことがそれぞれ認められる(なお、被告甲野が、昭和六三年三月二五日に、原告二兀に対し、一年満期な養老保険につき、あと三〇〇〇万円分加入すれば昭和六四年二月二八日に元利合計が二億円になるといって、加入を勧誘し、同日、原告二兀が、被告甲野に対し、三〇〇〇万円交付したのが、最終のものである。)。
(二) 一括払保険料名目の金員の騙取
甲二、三、一七、二九ないし三五号証、原告二兀本人尋問の結果、被告甲野本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告甲野は、原告二兀から長男上田吉純及び次男上田賢蔵の大学進学のための資金を準備する目的での保険加入を相談されたことから、保険料の一括払の名目で金員をだまし取ることを企て、原告二兀に対し、息子のためによい保険があるなどと被告会社の保険への加入を勧めるとともに、実際には保険料の一括払の手続をするつもりがないのに、その方が保険料が得であるなどといって一括前納を勧めたこと、原告二兀は、被告甲野が保険料の一括払の手続をするものと信じて、昭和五九年七月二六日ころ、被告甲野に対し、①被保険者を上田吉純、保険契約者を原告二兀、保険金を一〇〇〇万円、保険料を年額五〇万一六〇〇円とする被告会社の普通養老保険の第二回目以降の保険料充当金名目で四六二万八六二四円を、②被保険者を上田賢蔵、保険契約者を原告二兀、保険金を一〇〇〇万円、保険料年払五〇万〇五〇〇円とする被告会社の普通養老保険の第二回目以降の保険料充当金名目で四六二万八六二四円をそれぞれ交付したこと、被告甲野は、昭和五九年七月三〇日付けで右①の、昭和五九年七月三〇日付けで②の保険契約手続を行ったものの、保険料の支払については、被保険者を上田吉純とする契約について保険料一〇〇万三二〇〇円、被保険者を上田賢蔵とする契約について保険料一〇〇万一〇〇〇円を、それぞれ被告会社に対して入金の手続を行ったのみで、保険料の一括払の手続はしなかったことが認められる。
(三) 虚偽の説明による保険勧誘
甲六(枝番を含む。)、一七号証、原告二兀本人尋問の結果、被告甲野本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、被告甲野は、原告二兀に対し、保険料は月掛支払、一〇年満期ではあるが、いつでも解約が可能で、解約しても掛け金全額が戻ってくる積立貯金のような、いわゆる積立年金型の保険であるなどと虚偽の説明した上、被告会社の生命保険への加入を勧めたこと、右説明を信じた原告二兀は、平成元年九月一日付けで、被告会社との間で、契約者原告二兀、被保険者原告広子、保険料を平成一一年まで月額一五万一〇〇〇円、記号番号二五九―九三二八八〇とする保険契約である定期保険特約付普通終身保険ロイヤルワイドを締結し、平成三年五月二七日まで、原告広子の南都銀行橋本支店の口座を通じて月額一五万一〇〇〇円ずつ、合計三一七万一〇〇〇円を預金口座から引落しによって被告会社に支払ったこと、右保険は、実際には、契約者にしてみると最低一五年以上保険料を支払わないと掛け捨てになってしまう保険であったことがそれぞれ認められる。
なお、甲六号証によれば、契約名義人である原告広子に対して、保険料の引落しの事実が通知されていたと認められるが、被告甲野本人尋問の結果によると、右通知によっては、具体的な契約内容を把握することはできないことが認められるので、右の通知がされていたことは、前記原告二兀が、被告甲野の説明通りの保険であると誤信したとの認定の妨げにはなるものではない。
(四) 協力金名目の金員の騙取
甲九(枝番を含む。)、一六ないし二一、二五及び二六(いずれも枝番を含む。)、二九号証、原告二兀及び被告甲野各本人尋問の結果によれば、被告甲野は、昭和五九年ころ、保険契約の解約を希望する契約者がいた場合、その契約者に解約返戻金相当額を支払い、実際には、保険契約を継続して満期に保険金を受け取れば、解約返戻金と保険金の差額が利益になることを思いついたこと、昭和五九年一月ころから、原告二兀に対し、解約返戻金として支払うための資金(協力金)の出資を求め、これを受け取って遊興費などに使うようになったこと、被告甲野は、原告二兀に対し、さらに、昭和六一年ころから、養老保険の仕組みや、契約の解約が続くと契約を担当した者の成績が下がることなどの説明をした上、養老保険は、満期配当金が多い点に利点がある保険であるから、この養老保険契約者の中の満期前に解約する人に対し、解約返戻金に相当する金員を第三者が個人的に立替払し、契約者から保険証書に受領印をもらっておくと、被告会社の内部手続上は、保険契約が継続されることになり、被告会社としては保険解約率の上昇を防止することができ、契約の担当者もペナルティーが課されずに助かり、右立替払をした者は、満期時に、満期配当金を受け取ることができ、利益を得ることができるなどと説明して協力金出資を勧誘したこと、右説明を信じた原告二兀は、昭和六一年ころから平成三年二月ころまで、被告甲野に対し、協力金名目で、出金表のとおり、原告二兀、被告甲野の双方が架空名義などを使って振り込むなどの方法により、金員を交付したこと、被告甲野は、実際には、原告二兀から交付された協力金名目の金員を、保険解約防止などには使わなかったことが認められる。
3 原告広子関係
甲八(枝番を含む。)、一七、三八(枝番を含む。)号証、原告二兀及び被告甲野各本人尋問の結果によれば、被告甲野は、原告広子に無断で、平成三年四月一日付けで、被保険者及び契約者を原告広子、返戻額一〇〇〇万円、保険料月額三四万八二〇〇円とする個人年金保険契約(個人年金かがやき、記号番号三七一―一五二、二七年間)の契約締結手続及び原告広子名義の普通預金口座からの保険料の自動引落し手続の代行手続を行ったこと、右に基づき、平成三年五月二七日及び同年六月二六日の二回、南都銀行橋本支店の原告広子の普通預金口座から、それぞれ三四万八二〇〇円が引き落とされたこと、右二回目の引落しの後の平成三年六月下旬ころ、原告二兀が原告広子名義の預金通帳を見て、知らない間に前記普通預金口座から金員が引き落とされていることに気がつき、銀行に対し、その後の自動引落しの手続を停止する旨の手続をしたことが認められる。
なお、被告らは、本人に無断で銀行預金口座から引落し手続を行うことは不可能である旨主張し、被告甲野本人も、これに沿う供述をするとともに、右手続など行っていない旨供述するが、前記認定事実及び甲三八号証の一及び二によれば、他の契約書類を使用すれば、右手続は可能であり、また、右引落し手続は、前記2の(三)の平成三年六月二六日の銀行振込みに用いられた振込依頼書を使用して行われたものであるが、右依頼書は被告甲野に交付されていることからすると、右被告甲野の供述は、にわかに信用しがたく、被告らの主張は理由がない。
4 原告康正関係
(一) 一括払保険料名目の金員の騙取
(1) 機余典分
甲四(枝番を含む。)、一三、三九、乙六号証、被告甲野本人尋問の結果によれば、被告甲野は、保険料名下に金員を詐取することを企て、実際は保険料の一括払の手続をするつもりがないのに、原告康正に対し、被告会社の保険への加入を勧誘し、さらに、一括払の方が得であるから、形式上は年払にしておくが被告甲野が一括払の処理をする等と虚偽の説明をしたこと、被告甲野が一括払の手続を行ってくれるものと信じた原告康正は、昭和五九年八月二七日ころ、無記名の定期預金四〇〇万円を解約し、一六〇万円を付加し、被告甲野に対し、被告会社の保険の一括払保険料として五五〇万円交付したこと、被告甲野は、昭和五九年八月三一日付けで、被保険者を上田機余典、契約者を原告康正、保険金を一〇〇〇万円、保険料を年払(年五〇万〇五〇〇円)とする被告会社の普通養老保険契約の契約手続を行ったが、保険料については、合計一〇〇万一〇〇〇円の保険料の支払手続をしただけだったことがそれぞれ認められる。
(2) 静代分
甲五(枝番を含む。)、一三、三九、乙六号証、被告甲野本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告康正が、被告甲野に対し、妻の上田静代が五五歳になってから、年金のように二〇万円ずつ受け取れるような保険について相談したところ、被告甲野は、原告康正に対し、被告会社の保険への加入を勧め、さらに、一括払の方が得であるから、形式上は年払にしておくが被告甲野が一括払の手続をする旨の虚偽の説明をしたこと、右説明を信じた原告康正は、昭和六〇年二月一四日ころ、幸福銀行橋本支店の静代名義の積立定期預金を解約してそれに四万円を付加し、被告甲野に対し、四八四万円を被告会社の保険の一括払保険料として交付したこと、被告甲野は、原告康正の依頼を受けて、昭和六〇年二月一四日付けで、被保険者及び契約者名義を上田静代、年金額を一五〇万円、保険料を年払(年七九万二三三〇円)とする被告会社の個人年金保険かがやきの保険契約手続を行ったが、原告康正から保険料の一括払のため交付を受けた金員のうち、一五八万四六六〇円のみを被告会社に入金したことが認められる。
(二) 虚偽の説明による保険勧誘
甲七(枝番を含む。)、一三、三九号証によれば、被告甲野は、原告康正に対し、いつ解約しても支払った保険料は全額返ってくる保険であるなどと虚偽の説明した上、被告甲野の営業成績を上げるためとして、被告会社の保険契約への加入を頼んだこと、原告康正は、被告甲野の右の説明のような保険に加入するつもりで、昭和六二年一二月一日ころ、被告会社との間で、被保険者及び契約者を原告康正、保険金を五〇〇〇万円、保険料を月額一一万六〇〇〇円、有期払込終身保険の契約を締結し、平成四年四月二七日まで、保険料名目で月額一一万六〇〇〇円、合計六一四万八〇〇〇円を支払ったこと(甲一三の添付書類では、五月二六日まで)、ところが、実際は、右保険は、解約すると返戻金の額は支払った保険料の額より大きく減額されるという保険であったことが認められる。
(三) 協力金名目の金員の騙取
甲一〇、一二(枝番を含む。)、一三、一六、三九、乙六号証、被告甲野本人尋問の結果によれば、被告甲野は、原告康正に対し、被告会社の養老保険の中途解約を希望する契約者がいるが、その契約者に払う途中解約返戻金に相当する二九六〇万円を協力金として出資してくれたら、満期には、右保険の満期保険金を受け取ることができ、被告会社としても、保険の途中解約率を下げることができるなどと虚偽の説明をした上、協力金の出資を勧誘したこと、右説明を信じた原告康正は、平成三年二月二八日、被告甲野に対し、協力金名目で、二九六〇万円を交付したこと、さらに、被告甲野は、原告康正に対し、立替金額及び立替金を支払った場合に満期に受け取れる金額を記載したメモを示し、右と同様の説明をして協力金の交付を依頼したこと、右説明を信じた原告康正は、平成三年五月二八日、被告甲野に対し、協力金名目で、一六〇四万円を交付したこと、被告甲野は、実際には、原告康正から交付された協力金名目の金員を、保険解約防止に使わなかったことが認められる。
三 請求原因3(被告会社の責任原因)について
1 指揮監督関係
被告甲野は、前記二の各行為の間、継続して被告会社の従業員であって、淀屋橋営業所において指導所長として、保険勧誘の営業に従事していたことは、当事者間に争いがない。
2 被告会社の職務執行について
(一) 被告会社の業務及び被告甲野の職務権限について
(1) 被告会社の業務
甲二、三、四ないし八(いずれも枝番を含む。)、三〇、三一、三八(枝番を含む。)号証によれば、被告会社は、生命保険の運用等を目的とする相互会社であり、その事業の内容として、一般市民に対する生命保険の勧誘、保険料の支払についての金融機関からの引落しに関する手続の代行や、保険料の一括払の手続、受領及びその勧誘、解約の手続などを行っていたことが認められる。
(2) 被告甲野の職務権限について
前記認定のとおり、被告甲野は、被告会社の営業担当社員(外務員)として、生命保険の勧誘に従事していたことに加え、前記各証拠によれば、被告会社では、生命保険の勧誘や契約者との対応は、営業所単位で行われ、また、具体的な顧客との対応は、もっぱら各営業担当社員が行っているものと認められ、(1)の業務はいずれも、被告会社淀屋橋営業所で保険の勧誘等の営業行為を行う指導所長である被告甲野の具体的な職務権限の範囲に含まれるものと認められる。
(二) 架空の保険の保険料名目の金員の騙取(前記二2(一)、原告二兀関係)について
(1) 被告甲野が、全く存在しない虚偽の保険(一年満期の特別な養老保険)を、被告会社が取り扱っている保険であるかのように説明した上、実際は保険契約の手続をするつもりがないのにそれがあるように装い、そのような保険契約の保険料の名目で原告二兀及び原告康正から金員をだまし取った行為は、前記(一)(2)の認定に照らすと被告甲野が前記認定の職務権限の範囲内において適法に行ったものということはできない。しかし、前記(一)(1)のとおり、生命保険契約の締結を勧誘し、その保険料を受け取ること自体は被告会社の事業内容に含まれ、また、被告会社は、一年満期の養老保険は取り扱っていなかったものの、五年及び一〇年満期の養老保険(一時払のもの)並びに三〇年満期の養老保険(年払及び月払のものがある。)は取り扱っていた(甲三七)ことなどからすれば、被告甲野の前記の行為は、行為の外形からみると被告会社の事業の範囲内に属するものと認められる。
(2) 次に、原告二兀が、被告甲野の前記行為が、実際は、被告甲野の職務権限内において適法に行われたものではないことを知っていたか(悪意であったか)どうかについて検討する。原告二兀が、被告甲野の説明した一年満期の養老保険が存在しないことを知っていながら、被告甲野に対し、あえて多額の金員を交付する理由は証拠上認められない。また、前記認定のとおり、原告二兀は、契約名義人とされた架空人名義で保険料の振り込みを行っているが、これは、原告二兀が、被告会社の保険の支払だと考えていたからと考えることができるのであって、原告二兀が悪意であったことを認めるに足りる証拠はない。
次に、原告二兀が、被告甲野の前記行為が、実際は、その職務権限内において適法に行われたものではないことを知らなかったことにつき、重大な過失があったかどうかについて検討する。
甲一(枝番を含む。)、三、一一(枝番を含む。)、一三、一七、二一、二七、二九号証、被告甲野本人尋問の結果、原告二兀本人尋問の結果によれば、原告二兀は、かつて被告甲野の勧誘で被告会社の保険に加入したことがあり、その際は、被告会社作成の保険証券や保険料の領収書が交付されていたのに対し、原告二兀が被告甲野の説明を信じて加入した一年満期の養老保険については、保険証券等の証書や保険料の領収書は交付されておらず、原告二兀も、証書や領収書の交付を求めていないこと、原告二兀は、保険の内容については、被告甲野に任せており、ほとんど気にしていなかったこと、昭和六一年一一月以降に一年満期の養老保険の保険料として、原告二兀から被告甲野に交付された金員(保険表12以降)のうち、保険表番号12、13、15、19は三和銀行本店営業部の甲野班甲野太郎名義の普通預金口座に振り込まれ、その余は、被告甲野に対して直接交付されていることなどがそれぞれ認められ、これらの事実からすると、原告二兀が、被告甲野の前記行為が、実際は、被告甲野の職務権限内において適法に行われたものではないことを知らなかったことにつき、落ち度があったということができる。
被用者のした取引行為が、その行為の外形からみて、使用者の事業の範囲に属するものと認められる場合であっても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行われたものではないことを相手方が重大な過失によりその事情を知らないときは、相手方は、使用者に対し損害賠償を求めることができないのであるが、ここでいう重大な過失とは、相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものでないことを知ることができたのに、それをせず、漫然とこれを職務権限内の行為と信じ、もって、一般人に要求される注意義務に著しく違反し、故意に準ずる程度の注意の欠缺があったことをいうのであって、公平の見地上、相手方に全く保護を与えないことが相当と認められる場合であるというべきである。このような見地から、原告二兀の重大な過失の有無につき検討する。
被告会社の業務内容及び被告会社が五年満期、一〇年満期及び三〇年満期の養老保険を取り扱っていたことからすると、一年満期の養老保険がある旨の被告甲野の説明も、それ自体が極めて異常というものではない。
原告二兀は、かねてから被告甲野と親しい関係にあり(前記二1(一)認定のほか、前記各証拠によれば、原告二兀は、昭和五八年夏ころ、被告甲野と共同で衣料販売の事業をしたこともある。)、昭和五七年ころから、被告甲野の勧誘で、数件の正規の被告会社の保険に加入したことがあったが、それについては特段の問題も生じなかった(甲一七、原告二兀)ことからすると、被告甲野は、被告会社の「指導所長」という肩書きを有していたこともあいまって、原告二兀が被告の説明を信じたことも不自然ではないと見ることもできる。
たしかに、原告二兀は、保険証券等の証書も保険料の領収書の交付も受けていないが、被告会社の一年満期の養老保険の保険料として昭和五九年一月一四日から昭和六一年一一月一八日までの間の被告会社に架空名義の財形貯蓄として預入れてあったものから変更した分については、昭和六一年一〇月五日ころ、被告甲野からワープロで作成された計算書(甲一の一)を交付されていること(甲二一、二九)、原告二兀は、架空の従業員名義で、右養老保険に加入し、右従業員名義で保険料を支払っており、右一年満期の養老保険には、資金運用のために加入したものと認められ、有利な資金の運用さえ可能であれば、その保険の内容については関心がなく、保険証券等の証書も必ずしも必要としなかったのではないかとも考えられる上、原告二兀は、証書や領収書が交付されなかったことにつき、被告甲野から、右一年満期の養老保険は特別な保険であるし、税務署の調査が入って問題にならないように、証書や領収書などは交付しない方がよいので被告会社で預かっておくと説明された旨を供述しているところ、これを信用することはできる。
以上を総合考慮すると、原告二兀には、いまだ前記のような重大な過失があったと認めるには足りないというべきである。
(三) 一括払保険料名目の金員の騙取(前記二2(一)及び4(一)、原告二兀及び原告康正関係)について
(1) 被告甲野が、原告二兀及び原告康正が被告会社と保険契約締結手続をする際、保険料の一括払手続を行うつもりがないのに、それがあるように装って、原告二兀及び原告康正から、一括払保険料名目に金員をだまし取った行為は、前記(一)(2)に照らせば、被告甲野の職務権限の範囲内において適法に行われた行為ということはできないものの、前記(一)(1)のとおり、被告会社は、生命保険の勧誘、保険料の一括払手続及びその勧誘をいずれもその業務として行っており、さらに、前記認定のとおり、右締結された各保険は、いずれも、被告会社が取り扱っている保険であることなどからすると、右行為は、その外形からみると被告会社の事業の範囲内に属するものと認められる。
(2) 原告二兀及び原告康正のいずれについても、被告甲野の前記の行為が、実際は、被告甲野の職務権限内において適法に行われたものではないことを知っていたこと、又は少なくともそのことを知らなかったことにつき、重大な過失があったことを認めるに足りる証拠はない。
(四) 虚偽の説明による保険勧誘(前記二2(三)及び4(二)、原告二兀及び原告康正関係)について
(1) 被告甲野が、原告二兀及び原告康正に対し、被告会社の保険について虚偽の説明をし、原告二兀及び原告康正に説明と違う保険契約を締結させ、保険料を払い込ませた行為は、前記(一)(2)に照らせば、被告甲野の職務権限の範囲内において適法に行われたものということはできないが、が前記(三)(1)と同様に、被告会社は、保険の勧誘、保険料の一括払手続及びその勧誘行為は、その外形からみると被告会社の事業の範囲内に属するものと認められる。
(2) 次に、原告二兀及び原告康正のいずれについても、被告甲野の前記の行為が、実際は、その職務権限内において適法に行われたものではないことを知っていたか、又は少なくともそのことを知らなかったことにつき重大な過失があったことを認めるに足りる証拠はない。
(五) 協力金名目の金員の騙取(前記二2(四)及び4(三)、原告二兀及び原告康正関係)について
(1) 被告甲野が、被告会社の保険の解約率の上昇を防止するためと称して、原告二兀及び原告康正に対し、解約希望者の保険が満期になったときに満期保険金に相当する金員を支払うなどと約束し、途中解約返戻金相当額に若干の上乗せをした額の協力金の出資を求めることは、前記(一)(2)に照らせば、被告甲野がその職務権限の範囲内において適法に行ったものということはできない。しかし、前記認定の被告会社の事業及び被告甲野の被告会社内の地位からすれば、保険契約の解約手続自体は、被告会社の事業行為そのものであり、また、甲一四、三七、四〇号証、証人神谷の証言、被告甲野本人尋問の結果によれば、保険の中途解約は、被告会社にとっても、資金が流出することを意味し、その後の保険料収入がなくなり、経営基盤の喪失にもつながるため、好ましくないものであるとされていたこと、そのため、被告会社では、契約者が中途解約を希望した場合、「継続アドバイス資料」、「ご契約明細書」、「試算回答表」を持参し、解約することなしに右契約者の要望に対応できる手段、具体的には、保険金の減額による保険料の減額、払い済み保険、延長保険への変更などの方法があり、さらには、被告会社自身が金員を融通していること(乙貸し)を説明するなどして、中途解約をなるべく防止するように外務員等を指導していること、契約者から保険解約の申出があった場合、その経過を報告する書類の作成など、一定の手続を踏むことになっていることなどが認められ、さらに、前記認定の被告会社における営業担当者の職務権限からすると、被告会社において、保険契約の解約防止について、右手続以外に、営業担当社員に一定の裁量を認めていたことは十分考えられ、以上によれば、被告甲野の協力金の出資勧誘は、行為の外形からみると被告会社の事業の範囲内であると認める余地はある。
(2) そこで、原告二兀及び原告康正が、被告甲野の協力金の出資の勧誘が、その職務権限の範囲内において適法に行われたものではないことを知っていたか、又は、それを知らないことにつき重大な過失があったかについて検討する。
原告二兀は、昭和六三年九月ころ、被告甲野から、被告会社にも利点があり、営業所の営業内容もよくなることから、被告会社として、保険の解約防止を営業所ごとにやっていくことになり、淀屋橋営業所としても所長の神谷を筆頭に、営業所全体で解約率上昇防止を行っていくことになった旨や他の支店(難波支社、京都支社)でも解約率上昇防止のために努力しているなどと説明され、解約率上昇防止のために、被告会社が、事業の一環として、協力金の出資を求めていると信用した旨供述し(原告二兀、甲二九)、被告甲野も、一部これに沿う供述をする。そして、前記認定事実に、甲九(枝番を含む。)、一〇、一二(枝番を含む。)、一三、一五ないし二一、二六(枝番を含む。)号証、乙六号証、被告甲野、原告二兀各本人尋問の結果、証人広田の証言、証人神谷の証言を併せると、解約率上昇防止は、被告会社にとって利点があり、方法は別として、実際に解約率上昇防止の運動が行われていたこと、原告二兀が、出資した協力金につき、被告甲野の説明した満期日に返済がされていたこと原告康正と被告甲野との金員の授受に使用された銀行預金口座は、被告甲野の個人口座のみではなく、その中には、甲野班甲野太郎名義の預金口座や営業所長である神谷名義の預金口座もあったこと、被告甲野は、平成二年六月五日から約一か月間入院したが、その間も、原告二兀に対する送金が続けられていたこと、原告二兀への支払が遅れた際、被告会社淀屋橋営業所に所属する外務員である広田が支払の遅延を謝罪する旨の電話をかけたこともあったこと、原告康正は、一回目は、三和銀行本店営業部の甲野太郎名義の預金口座に、二回目は、同銀行本店営業部の甲野班甲野太郎名義の預金口座に振り込む方法で被告甲野に金員を交付していることが認められるのであって、これらの事実を考慮すると、原告二兀及び原告康正が悪意であったことまでは認めるに足りない。
しかし、被告甲野が説明した解約防止の方法をとった場合には、その後の保険契約の存続につきあいまいな状態が生じ、保険料の支払、保険事故が発生した場合の処理、契約者が満期に保険金を請求した場合の扱いなど、紛争が生じるおそれがあり、被告会社の不都合が大きいことも容易に推察され、資金力を有する保険会社が、右のような手段を用いて、不都合を甘受してまで協力金の出資を求めることは通常考えられないから、右の被告甲野の説明自体、通常人であれば疑念を抱く内容である。
しかも、前記各証拠によれば、養老保険は満期受取金が多い貯蓄型の保険のため、満期直前の解約は少ないところ、被告甲野が原告二兀に話した養老保険の解約希望者の解約希望日と満期までの間が短いこと(甲二六、原告二兀)、被告甲野が原告二兀に協力金の出資を求めた回数が極めて多いこと、中途解約の場合、解約返戻金の額は既払保険料との関係で、契約者は大きな不利益を被るが、被告会社にとっては、各種の不都合が生ずるおそれのある行為を行ってまで防止しなければならないほど、不利益なものではないこと、被告会社においては外務員に対し、契約者が解約を希望した場合、前記(1)認定のような方法で、解約を思いとどまるように説得するが、どうしても解約を希望する場合、解約の手続をとるべきであると指導していたことが認められるなど、協力金の話自体に極めて不合理な点が存する。
また、被告会社の外務員である被告甲野が、個人として、原告二兀に説明をした方法による解約防止を行うことは可能であり、通常人であれば、そのことを容易に認識することができる。そして、被告会社ではなく、個人が被告甲野の説明したような解約防止の方法をとった場合であっても、利益をあげうるかどうかは、被告会社としてこれを行うときと異なることはないと考えられる。そして、被告会社が右の方法による解約防止の方法をとる場合には、各種の不都合が生じるおそれがあるから、被告会社の外務員から右の方法による解約防止を行うために協力金の出資を求められた場合には、その外務員が被告会社に隠れて個人的に利益を得るために、右の解約防止の方法をとろうとしていると疑うほうが自然である(なお、右のように疑ったとしても、現実に解約希望者がおり、満期に満期保険金相当額の支払を受けられると信じて、協力金の出資に応じることは不自然ではない。この点、前記の架空保険の勧誘や一括払の勧誘の場合には、その内容が虚偽であることを認識し得る場合には、保険料名目の金員を交付することがないのとは異なる。)。
そして、前記各証拠によれば、個々の協力金の出資の依頼は、被告甲野が、原告二兀に対し、メモに金額と満期日を記載したものを渡していたにすぎず、被告会社名義の領収書なども交付されなかったこと、保険が短期で解約されると、当該保険契約を勧誘した外務員の手当に影響し、保険の継続率も被告会社内部の表彰などで問題となるなど、解約率上昇防止は、被告会社にとってよりも、むしろ、外務員である被告甲野にとってより直接的な利益があること、原告二兀は、被告甲野と親しく、また、事業者として架空名義の財形貯蓄や養老保険の手続を行っているなど、比較的保険については詳しく、解約率上昇防止が、被告甲野にとって利益になることを知っていたこと、原告二兀が、被告甲野との金員の授受に利用した銀行預金口座は、南都銀行橋本支店の原告二兀のもののほか、小林司、岡本佐奈江、久保田弥生、増田誠司など第三者名義のものが多く存在した(甲一八、一九、二一)が、これについては、特に理由がないことなどがそれぞれ認められる。
さらに、平成五年六月七日付の原告康正の司法警察員に対する供述調書(乙六)には、被告甲野の協力金の話が、手続上、被告会社の認めるはずのない、被告会社に対する背信行為であり、被告甲野が被告会社の営業担当の社員の地位を利用して、満期まで保険を継続させ、被告会社には契約者が満期に保険金を請求したような手続をして満期保険金を受け取り、被告甲野と原告二兀が折半していると考え、自分もそれを知りつつ、協力金を出資した旨の記載があるところ、右の記載内容は、原告康正が協力金を出資するに至った動機が自然であって、右供述調書が、本件訴訟の訴え提起前に、被告甲野の原告らに対する詐欺被疑事件の捜査の過程で作成されたものであることからすると、おおむね信用することができる。
前記認定説示の事情に右供述調書(乙六)記載内容を考え併せると、原告康正より被告甲野との関係が深く、かつ、保険についての知識のある原告二兀については、被告甲野の協力金に関する説明につき、それが、全くの被告甲野の作り話であることまでは知らず、解約希望者がいること、自分の出資金が解約希望者に支払われること、右支払によって解約希望者の保険が存続して、満期に満期保険金を自分が受け取れることなどを信じていたとしても、そう信じるについて前記のような重大な過失があったものというべきである。また、原告康正についても、右供述調書(乙六)等からすれば、少なくとも右と同様に重大な過失があったものというべきである。
そうすると、被告甲野の解約率上昇防止協力金名目の金員の騙取については、原告二兀及び原告康正は、被告会社に対し、民法七一五条に基づく損害賠償を求めることはできない。
(六) 無断引落し(前記二3)について
(1) 被告甲野が、以前原告広子名義で契約した被告会社の保険契約の手続について原告広子から受け取っていた口座振替依頼書を利用し、原告広子に無断で同人名義で被告会社の保険契約締結の手続を行い、同人の銀行口座から金員を引き落とした行為は、前記(一)(2)に照らせば、被告甲野の職務権限の範囲内において適法に行われたものではないが、被告会社は、保険料の口座振替の依頼の仲介手続をその業務の一環として行っており、さらに、被告甲野が流用した口座振替依頼書の当初の目的である保険手続自体(前記認定の説明違背の保険)、被告会社の事業の一部として行われていることからすると、右行為は、その外形からみれば被告会社の事業の範囲内に属するものと認められる。
(2) 原告広子が、甲野の前記行為が、実際は、被告甲野の職務権限内において適法に行われたものではないことを知っていたか、又は重大な過失によりそれを知らなかったことを認めるに足りる証拠はない。
四 請求原因4(損害)について
以上認定の事実よると、被告甲野の不法行為によって、原告らが被った損害(弁護士費用を除く。)は、次のとおりとなる。
1 原告二兀
(一) 架空の保険の保険料名目の金員の騙取による損害
一億二六六九万二二六三円
原告二兀は、平成三年三月末日ころ、被告甲野から、請求原因2(一)(1)の架空の養老保険につき、利息名目で二四〇万円の交付を受けた旨主張しており、右の分は、原告二兀の損害とすることはできない。
(二) 一括払保険料名目の金員の騙取
九二五万七二四八円
(三) 虚偽の説明による保険の勧誘による損害
合計三一七万一〇〇〇円
(四) 協力金名目の金員の騙取による損害
一億四二一九万五〇〇〇円
2 原告広子
預金の無断引落しによる損害
六九万六四〇〇円
3 原告康正
(一) 一括払保険料名目の金員の騙取による損害
一〇三四万円
(二) 虚偽の説明による保険の勧誘による損害
六一四万八〇〇〇円
(三) 協力金名目の金員の騙取による損害
三五六四万円
第二 被告会社の過失相殺の主張について
一 架空の保険の保険料名目の金員の騙取について
前記第一の三2(二)で認定したとおり、原告二兀にも落ち度があったところ、原告二兀の損害の発生又は拡大につき、右の落ち度が寄与しており、被告会社との関係においては、原告二兀の過失割合は三割と認めるのが相当である。
二 一括払保険料名目での金員の騙取について
前記認定説示したところによると、原告二兀及び原告康正につき、過失相殺すべき特段の落ち度は認められない。
三 虚偽の説明による保険の勧誘について
前記認定事実に加え、甲一三、二九、三九号証、原告二兀本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告甲野は、原告二兀及び原告康正に対し、保険契約締結に先立って、設計書を作成交付し、契約後保険に関する証書を交付したことが認められ、原告二兀及び原告康正としては、これらを検討することによって、被告甲野の説明と異なっていることを知り得たものと認められることなどからすると、原告二兀の原告康正の右証明書を検討しなかったという落ち度が本件存在の発生・拡大に寄与したというべきであり、その過失割合は、右各事実に照らし、三割とするのが相当である。
四 無断引落しについて
前記認定のとおり被告甲野は、原告広子の関与し得ない状況の下で、密かに金員を引き落としており、原告広子が、一回目の引落し後速やかにそれに気づかなかったことをもって、二回目の引落しについて、過失相殺すべき落ち度とまではいうことはできない。その他、原告広子につき、過失相殺すべき落ち度を認めることはできない。
第三 被告甲野の弁済の主張について
甲二二号証及び被告甲野本人尋問の結果には、被告甲野の主張に沿う部分があり、また、原告二兀自身も、被告甲野のもとから、不動産権利証やゴルフ会員権などを持ち出した旨の供述をしている。しかし、原告二兀は、持ち出した物品は、いずれも、他の被害者の代理人である弁護士に渡したので、自分は一切受け取っていない旨供述し、これにそう甲二二号証も存在することからすると、被告甲野及び原告二兀の前記供述のみから被告甲野のする弁済の事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
第四 結論
一 被告甲野
前記第一の四で認定した損害全額について損害賠償責任を負い、被告甲野との関係における訴訟の経過、争点、右認容額、その他本件に表われた一切の事情を考慮すると、被告甲野が賠償責任を負う弁護士費用は、原告二兀につき一〇〇〇万円、原告広子につき六万円、原告康正につき一五〇万円が相当である。
二 被告会社
1 原告二兀に対しては、①架空の保険の保険料名目の金員の騙取に係る損害(前記第一の四1(一))の七割である八八六八万四五四八円、②一括払保険料名目の金員の騙取に係る損害(前記第一の四1(二))の損害全額である九二五万七二四八円、③虚偽の説明による保険の勧誘に係る損害(前記第一の四1(三))の七割である二二一万九七〇〇円及び④弁護士費用五〇〇万円(被告会社との関係における訴訟の経過、争点、認容額、その他本件に表われた一切の事情を考慮して右額が相当と認める。)につき損害賠償責任を負う。
2 原告広子に対しては、前記第一の四2記載の損害全額六九万六四〇〇円及び弁護士費用六万円(被告会社との関係における訴訟の経過、争点、認容額、その他本件に表われた一切の事情を考慮して右額が相当と認める。)について損害賠償責任を負う。
3 原告康正に対しては、①一括払保険料名目の金員の騙取に係る損害(前記第一の四3(一))の損害全額一〇三四万円、②虚偽の説明による保険の勧誘に係る損害(前記第一の四3(二))の七割である四三〇万三六〇〇円及び③弁護士費用一〇〇万円(被告会社との関係における訴訟の経過、争点、認容額、その他本件に表われた一切の事情を考慮して右額が相当と認める。)について損害賠償責任を負う。
三 なお、被告甲野と被告会社の責任は、重なり合う限度でいわゆる不真正連帯の関係にある。
四 よって、原告二兀及び原告康正の被告らに対する請求は、主文一、二項の各1、3の限度で理由があり、原告広子の被告らに対する請求はいずれも理由があるから、これらを認容し、原告二兀及び原告康正の被告らに対するその余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官水上敏 裁判官稲葉一人 裁判官齊藤充洋)
別紙出入金表<省略>
別紙二兀累積保険表<省略>